黒い火種

小説

プロローグ:影の火種

彼の心には影があった。私はそれをずっと見てきた。

最初は小さな点のようなものでしかなかったその影は、やがて彼の心全体に広がり、彼を飲み込んでいった。

彼の隣には小さな火種があった。それは希望のようにも見えたが、実際には違う。

「許せない」「後悔させてやる」。

その思いが作り出した暗い炎だった。

彼がスマートフォンに触れるたび、その炎は大きくなり、輝きを増していった。

そしてある日、その炎は再び燃え上がった。

序章:再燃する炎

夜が深まる部屋の中で、和泉翔太はスマートフォンを握りしめていた。震える指で通知を消していく。

画面には次々と罵詈雑言が表示される。

「人間として終わってる」

「これが本性か」

「お前みたいな奴が社会をダメにするんだ」

きっかけは2年前だった。何気なく投稿したSNSの発言が切り取られ、過激な意味合いに歪められて拡散されたのだ。

匿名のユーザーたちは翔太の過去の投稿を掘り返し、彼の人格まで否定し始めた。

会社の会議室で解雇を告げられた日のことを、翔太は今でも忘れられない。

「和泉君、申し訳ないけど、会社のイメージがあるから…」

冷たく響いた上司の声。同僚たちの視線が痛かった。

その後、友人たちからも「ごめん、ちょっと距離を置きたい」と言われた。

そして今日、ついに両親からも電話があった。

「翔太、母さんが近所で心配されてるんだ。少しの間、連絡を控えてほしい」

翔太は床に座り込み、膝を抱えた。暗い部屋の中、画面の中で誰かが自分を罵っている。

声にならない声で呟いた。

「俺は、何をしたんだ…?」

第1章:灯火

ある夜、翔太が久しぶりにSNSを開くと、一つの通知が光っていた。

それは奇妙なメッセージだった。

「Burned:あなたを救う場所がここにある」

リンクをクリックすると、暗い背景の掲示板が現れた。そこには「燃え尽きた者たち」と題されたスレッドが並び、キャンセルカルチャーの犠牲者たちが自分の体験を語り合っていた。

「誰も俺の言い分を聞いてくれなかった」

「一度炎上すると、もうやり直せないんだ」

「家族にも見放された…」

翔太は心の中で湧き上がる共感に押され、思わずコメントを残した。

「僕も同じです。すべて失いました。」

数分後、「Raven」と名乗る管理者から返信が届いた。

「君は一人じゃない。私たちが君を守る。」

翔太はその言葉に救われる思いがした。

第2章:強くなる炎

Ravenは掲示板の中で絶対的な存在だった。冷静な口調で人々を導き、他の参加者たちからも信頼されているようだった。

ある日、Ravenが新たな提案をした。

「許されるべきでない者たちを見つけ、彼らを裁く。それが私たちの正義だ。」

掲示板ではキャンセルカルチャーを主導してきた者たちのリストが次々に投稿された。

人気インフルエンサーやジャーナリスト、過去に他人を追い詰めた人物たちがターゲットにされた。

翔太も復讐心に駆られ、ターゲットの一人であるインフルエンサー・梨田陽子の過去投稿を探り始めた。

彼女が10年前に投稿したツイートを発見した。それは当時の価値観では問題視されなかったが、現在では差別的と捉えられる内容だった。

Ravenの指示で翔太はその投稿を匿名アカウントで拡散した。掲示板のメンバーたちも協力し、炎上は瞬く間に広がった。

SNSには非難の声が殺到し、梨田は謝罪動画を投稿した。

画面越しに涙を浮かべる梨田の姿を見た翔太は一瞬、満足感を覚えた。

「これで俺たちの気持ちが分かるだろう。」

しかし、その胸の奥にかすかな違和感も芽生えていた。

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