プロローグ
彼女の影は、最初から薄かった。
陽の光に映るあの黒い輪郭ではなく、心の中にある影のことだ。
私はそれを見ていた。いつもそばにいた。彼女がスマートフォンに触れるたび、私の姿は薄れていった。
そしてある日、私は彼女の中から完全に消えたのだ。
SNS
カシャ。「よし、盛れてる!早速投稿しよ!」
以前の私は、平凡で無価値だった。友人はいるけれど彼氏はいない。仕事はあるけど、たいして誰かに褒められることもない。
でも、SNSを始めてから私の世界は変わった。
「今日もお仕事頑張ります♪」投稿っと。
画面に映るのは行きつけのカフェで買ったコーヒー。現実では、平社員で手取り16万の事務職だけど、SNSでは900人ものフォロワーがいるちょっとした有名人だ。
ピコン。「お仕事頑張ってください!」
ピコン。「今日もオシャレですね!」
通知が鳴るたびに心が満たされる。この音が私を支えてくれる。「みんなが私を認めてくれる」。
現実ではただの「私」でも、SNSでは誰もが憧れる存在になれる。それが私の心の拠り所。
だけど、これで本当にいいのだろうか。そんな疑問がふと頭をよぎる。だけど、私はその考えをすぐに振り払った。
新しい通知が来た。おすすめのフォロワー、川口涼香――フォロワー1万人、オシャレなカフェやレンストランに、ブランド物の可愛い服やバック。
「私もこんな風になれたら……真似してみようかな……」
いつもの行きつけとは違う少し高いカフェのコーヒーを買ってみる。
カシャ。「新作フラペチーノ❤︎。超可愛い」投稿っと!
ピコン、ピコン。「いいね」がどんどん増えていく。「やった!」
フォロワーが1人、また1人と増えていく。その瞬間だけ、私は誰よりも輝いている気がする。
しかし、フォロワーの増加も一時的なものだった。
「9556人……あと少しで1万人なのになんで増えないの!」むしゃくしゃする。
最近はコメントやいいねも少なくなってきている。それがさらに私を焦らせた。
川口涼香の投稿を見る。いいね数220件、コメント330件。この人はいいねもコメントもたくさんきてる。
「なのになんで、同じような投稿をしてる私をフォローしてくれないの?いいねしてくれないの?」
川口涼香の投稿を見れば見るほど、イライラが募る。
「ねぇ、ちょっと聞いてる?」
「あ、ごめん、なんだっけ?」
友人の声でふと現実に戻る。話しかけてきたのは、中村美咲――私の数少ない、今でも交流のある友人。
「せっかく会ったのにスマホばっかり見てるじゃん。何してるの?」
「ごめんごめん、で、なんだっけ?」
彼女は呆れた顔で私を見る。
「またSNS?そんなに楽しい?顔も本名もわからない人からいいねされたり、追っかけられるのが?」
「だって、あと少しで1万人なんだよ?」
「それはすごいかもしれないけど、知らない人に生活見せるのがそんなに楽しい?」
一瞬ムッとする。でも、彼女の言葉がなぜか心に引っかかった。SNSで輝いている自分を否定された気がして腹が立つ一方で、彼女の冷静な視点にどこか触れられたくない部分を突かれたような気がした。
私の気まずい表情を見たのか、美咲はそっと立ち上がり、「今日は帰るね」と言ってそのまま帰ってしまった。
「なによ、知り合いしかフォロワーがいないくせに偉そうにしちゃって……」
腹を立てつつも、彼女の言葉が頭の中で何度も繰り返される。
「なぜ私のフォロワーは増えないのだろう?」
オリジナリティがないから?流行に乗り遅れている?川口涼香と何が違うの?
川口涼香の投稿と自分の投稿を見比べていて気づいた。
「川口涼香は顔を出しているからフォロワーが多いのでは?」
私は裏アカウントということもあり、顔は映らないようにするか、スタンプで隠している。一方、川口涼香は顔を出しており、実際、顔を可愛いと褒めるコメントもたくさんある。
「そうか、それだったんだ!私と川口涼香の違い」
早速、自撮り写真を撮る。当然、写真アプリで可愛いフィルターを使って。顔も小さく見えるように加工する。
「川口涼香だって、きっとそれくらいやってる。実際に会うわけじゃないんだし、バレやしない。」
そうして加工した自撮りを投稿。
ピコン。「オシャレで顔も可愛いとか最高!」
ピコン。「めっちゃ美人!」
ピコン、ピコン、ピコン……。
フォロワー以外からもコメントといいねがどんどんくる。そうか、やっぱり川口涼香との差はこれだったんだ。これで私も追いつける。
1週間後、フォロワー数10011人。
「やった、ついに1万人を超えた!」
上機嫌で出社した時だった。おすすめのフォロワーに川口涼香が出てくる。アカウントを開いてみると――
「フォロワー数1万5000人!?なんでこんなに増えてるの!!」
次回は12月2日16時頃投稿を予定しています。
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駄文でしたがここまで読んでいただきありがとうございました。
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