深くなる孤立
それから、誰とも連絡を取らなくなった。友人たちが飲み会や食事に誘ってくれてもお金もないし、「忙しい」と言って断る。スマホには美咲からのメッセージが届いていたが、開く気にはなれなかった。
「どうせ私のこと、理解なんてできないんだよ……」
SNSの世界では自分が輝いている。それで十分だと思い込もうとした。
だが、フォロワー数の伸びは次第に悪くなり、「いいね」の数も減ってきた。投稿にコメントを残す人も少なくなり、以前ほどの反応が得られなくなってきている。
「なんで……?こんなに頑張ってるのに……」
それでも、さらに派手な投稿をしようとする。高価な服を買い、無理して行った旅行の写真をアップする。しかし、反応は冷たいままだった。
会社でも、ミスが重なり始めた。重要な会議資料の準備を忘れ、上司から厳しく叱責される。
「最近、何やってるんだ?佐藤さん。そんな調子じゃ、この先が心配だよ」
同僚たちの目線も冷たく感じるようになった。誰も直接は言わないが、陰で噂されている気がして、居場所がない。
頭の中は川口涼香の最新投稿でいっぱいだった。オシャレなホテルでのランチ風景。その投稿には、数千もの「いいね」と絶賛のコメントが並ぶ。
「私には……SNSしかない」
家に帰り、暗い部屋の中でスマホを握りしめる。誰かに見られている自分だけが、本当の自分のように思えてくる。だが、その「誰か」すらも次第に離れていくような気がして、不安が胸を締め付ける。
ある日、昼休みにスマホを眺めていると、通知が鳴った。投稿についたコメントだ。
「この人、顔写真加工しすぎ(笑)」
それを皮切りに、「リアルで見たら絶対別人だろ」といったコメントが続々と増える。
手が震えた。普段なら通知の数に胸を躍らせるのに、この時ばかりは吐き気すら覚える。
慌ててコメントを削除しようとするが、投稿はすでに拡散され始めていた。アカウントのフォロワー数も徐々に減り始める。「やめて……」と小さく呟きながら、指先はただスマホをいじり続ける。
その晩、友人の美咲からメッセージが届いた。
「話したいことがあるから、明日少し時間もらえる?」
翌日、カフェで待ち合わせをすると、美咲はいつもより真剣な表情だった。
「……やっぱりこのアカウント、あなたのだよね?」
彼女がスマホの画面を見せる。そこには先日と同じ私の裏アカウントが映っていた。
顔が引きつる。しかし、美咲の目はまっすぐ私を見つめていた。
「最近のあなた、ちょっとおかしいよ。前のあなたは、もっとちゃんと自分のことを大事にしてた」
「別に。これは私のやりたいことだから、放っておいてよ」
「やっぱりあなたなんだ。本当にそう思ってる? 誰かに認めてもらいたいだけで、無理してるんじゃないの?」
その言葉に、胸の奥がぐっと締め付けられる。
「うるさい!」
思わず声を荒げてしまう。美咲は黙り込み、しばらくして小さく息をついた。
「……わかった。もう言わない。でも、いつか自分で気づいてほしい」
そう言って立ち上がり、支払いを済ませてカフェを出ていった。
それから数日間、私は仕事がまるで手につかなかった。
SNSの投稿に全てを費やし、生活はどんどん乱れていった。食事も睡眠もおざなりになり、頭の中には「いいね」やフォロワー数のことしかない。
そんな時、ふと鏡を見ると、そこには疲れ切った自分が映っていた。頬はこけ、目の下には濃いクマ。これが「みんなに認められたい」と願った結果なのか。
ふとスマホの画面を開き、アカウントの投稿一覧を眺める。どれもこれも「いいね」をもらうためだけの写真。そこに映る自分は、本当の自分ではない。
決断
ある夜、ついに決断した。
アカウントを開き、全ての投稿を一つずつ削除していく。そして最後に、アカウントを削除するボタンに指をかけた。
「本当にいいんだよね……」
一瞬ためらったが、深呼吸をして画面をタップする。
画面が真っ白になった瞬間、胸の奥にぽっかりと穴が空いたような感覚が広がる。でもそれと同時に、どこかほっとした気持ちもあった。
後日…
数日後、美咲と再び会った主人公は小さく頭を下げた。
「ごめんね、色々心配かけて」
美咲は「はぁー」と少しため息をついた後にっこりと微笑み、「もういいの?。じゃあゆっくりご飯でも食べよ!」
今は、スマホの通知に追われる日々はもうない。消費者金融の借金は親から借りることで返済し、今は親に少しずつお金を返している。カードの支払いもあって生活はギリギリだがなぜか心は落ち着いていて、現実の中で少しずつ自分を取り戻しつつある。
「本当の私に気づくための時間が、今の私には必要なんだと思う」
主人公はそう呟きながら、前を向いて歩き出した。
エピローグ
私は彼女を見ている。いや、今となってはもう『見守る』と言うべきかもしれない。
彼女の中に影は戻った。完全ではないけれど、それは以前よりも濃く、強くなった。
彼女はスマートフォンを手放し、現実に目を向け始めた。
それでも時折、画面に手を伸ばす瞬間がある。
そのたびに私は、そっと彼女の肩に触れるのだ。
忘れないでほしい。私という存在を。
光と影があって初めて、人は本当の姿を持てるのだから。」
あとがき
今回はAmazon Primeのとあるドラマで、「名前のない毒があれば完全犯罪が可能」というセリフを耳にしたことがきっかけで、小説っぽく書いてみました。SNS依存やプライド、対抗心といった感情も、ある意味で「毒」になり得るのではないか、というテーマを考えながら書いたものです。
そのドラマの中で、「全ての物質は毒であり、毒でないものはない。用量が毒と薬を区別する」というセリフも登場します。この言葉は、16世紀ヨーロッパの医師・科学者であるパラケルススの名言だそうです。これを聞いて、SNSや人の感情もまた、使い方や向き合い方次第で「毒」にも「薬」にもなり得るのだと気づかされました。
今回の記事を書きながら、私自身もどんな物でも毒になりうるということを肝に銘じ、これからは用法と用量を考えて生きていきたいと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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